フランク王国などについて

勉強をしました。カール大帝の死後、フランク王国の相続争いがおこり、領土は東フランク・西フランク・イタリアに三分され、これがドイツ・フランス・イタリアのもととなりました。
このうち、東フランクの国王が10世紀後半にローマ教皇から帝冠をさずかり、カール大帝の後継者、神聖ローマ皇帝の祖となりました。

また9世紀には、ゲルマン人の一派であるノルマン人(ヴァイキング)が北欧から移動を開始しました。
10世紀初めに北フランスで成立したノルマンディー公国、11世紀後半にブリテン島を征服して成立したノルマン朝、ロシアの起源とされる9世紀のノヴゴロド国などは、ノルマン人のたてた国です。
西欧ではあいつぐ民族移動などを背景に、自給自足的な農村社会が形成されていきました。
領主たちは自衛のために土地を媒介とする主従関係を結び(封建制度)、有力な領主は多くの家臣を従える諸侯として力をふるいました。
農民の多くは農奴身分におかれ、領主から多額の貢租や賦役(無償の労役)を課せられました。